51%の真実

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葛西りまさんの写真は美しい ~黒石市の対応に思う~ 

 葛西りまさんの写真は美しい。日本三大流し踊りのひとつである、青森県の「黒石よされ」でのひとコマを切り取ったものである。

 この写真が、黒石よされ写真コンテストの最高賞である黒石市長賞に内定していたのも、至極当然と思える。黒石市の担当者もこの写真に感動して、どうしても最高賞を与えたかったのだろう。例えその写真にどんないわくがあろうとも。

 こんなに屈託のない笑顔を浮かべていた人が、10日後に自殺してしまうとはとても思えない。しかし現実にそれは起こったのだ。どれほど苦しい思いを抱えていたのだろうかと、考えるだけで苦しくなってしまう。

 そして、残された家族の苦しみも想像できないくらい辛いものだと思う。

 黒石市担当者が遺族の了解を取ったうえで市長賞の授賞を決めた行動は、きっとこの家族の苦しみを、少しだけでも和らげることが出来たのではないかと思う。

 しかしこの担当者の周囲では、不寛容社会に対する過剰な反応があったと思われ、「亡くなった人を審査対象にするべきではない」などの指摘を受けて、授賞を取りやめざるを得なくなったと感じる。

 黒石観光協会の「祭りを盛り上げる狙いを考えると違和感があった」との説明も、今の世の中の流れでは判らないでもない。しかし結局は、その判断は間違いであったことが明らかになり、黒石市長は元通りこの写真に黒石市長賞を贈る決断を下した。

 結果として最も良いところに落ち着いた訳であるが、どうして最初からこの判断が出来なかったのであろうか? また、もし逆に最初からこの判断をしていたら、抗議が来て黒石市長賞を撤回した可能性はなかっただろうか?

 答えの出ない、堂々巡りの迷路に迷い込んでしまいそうになる。

 ただ一つ言えることは、この写真は間違いなく美しいということだけだ。そしてそれ故に、人間の持つ醜悪な一面を際立たせてしまう。

 人は間違いを犯す。これは仕方のないことだ。でもその間違いを素直に認め、直視して反省し、2度と犯さない為に逃げずに修正できるか、そして他人の行動を見て想像し、次は間違いを犯す前に気づけるかが大切なのだ。

 自分が当事者であったら、自分の感覚や信念を曲げずに市長賞を贈るという判断を貫くことができたであろうか?

 そして間違いを犯した時、自分の保身のために見苦しい言い訳をすることなく、素直に間違いを認めることが出来るだろうか?

 非常に考えさせられる出来事であった。


追記 2016/10/20
撮影者が黒岩市長賞の受賞を辞退したようで、残念ですが、これだけ大事になってしまうと仕方の無いことかもしれません。

黒石市市長、自殺の中2遺族に謝罪 父「受け入れたい」」(朝日新聞 2016/10/20)
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<前略>黒石市の高樋憲市長は20日、りまさんの父、剛さん(38)らに謝罪した。<中略>
剛さんは面談後、「いじめをなくしたいという私たちの訴えを、市長は心からわかってくれたようだった。謝罪を素直に受け入れたい」と述べた。<中略>
撮影者が市長賞の受賞を辞退しているため、遺族提供という形で他の入賞作品とともに展示することになるという。
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