51%の真実

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選挙制度考察1_自公連立(組織票)の弊害~プロローグ~

 選挙制度の問題を考える前に、まずは投票率について考えてみたい。補選を除く最近3回の衆院選の投票率は以下のようになっている。
第45回衆院選は、自民党から旧民主党へ政権交代が期待され、投票率が69.28%(約70%)と近年では見たこともない高い数値であった。
第46回衆院選は、旧民主党の裏切りへ怒りで制裁感情がピークに達し、投票率が59.32%(約60%)と、これも近年では比較的高い数値であった。
第47回衆院選は、最近の選挙に行っても政治は変わらないという閉塞感が現れ、投票率52.66%と低迷している。
 ちなみに小泉劇場で郵政解散が行われた第44回の衆院選は67.51%、昨年の第24回参院選は54.70%、東京都知事選は59.73%であった。
 近年は選挙によって新しく期待の持てる政治が行われるという期待感が感じられず、無力感に捕らわれた有権者が無党派層になり、更には選挙に行くことも無駄だと思うようになった結果、どんなに盛り上がっても投票率は60%くらいで頭うちになっているのではないかと思う。想定上は~70%が上限だと思うが、これからは余程のことが無い限り、投票率が65%になることは無いのではないかと私は想像している。

 前振りが長くなってしまったが、本題の現在の選挙制度の問題を考えるにあたり、最近3回の衆院選の得票率と議席数について、自民党と旧民主党のデータを比較してみよう。

【表1】第45回~第47回衆院選の得票率と議席数(抜粋)                   得票数単位:百万票、議席数単位:席

党派

 

小選挙区

比例代表

小区-比例

得票

得票率

議席

議席率

得票

得票率

議席

議席率

得票

得票率

民主

45

33.48

47.43%

221

73.70%

29.84

42.41%

87

48.30%

3.64

5.02%

46

13.60

22.81%

27

9.00%

9.63

16.00%

30

20.00%

3.97

6.81%

47

11.92

22.51%

38

12.88%

9.78

18.33%

35

19.44%

2.14

4.18%

自民

45

27.30

38.68%

64

21.33%

18.81

26.73%

 55

30.60%

 8.49

11.95%

46

25.64

43.02%

237

79.00%

16.62

27.62%

57

38.00%

 9.02

15.40%

47

25.46

48.10%

223

75.59%

17.66

33.11%

68

37.78%

 7.80

14.99%


 自民党と旧民主党の各衆院選の得票数と得票率の数値を比較して眺めていると、微妙な違和感が感じられる。黄色ハッチングと青ハッチングの数値を見ると、どの回でも比例区と小選挙区の得票率を比較したときの差が、自民党は異常に大きいのである。(10%くらい下駄をはかされている?)

この数値は、日刊ゲンダイが指摘していた公明党の組織票の影響を表わしているのだと思う。

 そして更に問題なのは小選挙区制特有の、各政党の得票率の差と比較して獲得議席数(率)の差が非常に大きく乖離し、勝者に有利に働く選挙制度だということだ。

第47回衆院選の小選挙区の得票率の自民48%対民主23%で、獲得議席数が223(76%)対38(13%)という結果
第46回衆院選の小選挙区の得票率の自民43%対民主23%で、獲得議席数が237(79%)対27( 9%)という結果
第45回衆院選の小選挙区の得票率の自民39%対民主47%で、獲得議席数が64(21%)対221(74%)という結果

 この不公平感を少しでも緩和するために比例代表並立制があるのだが、公明党の組織票の影響によりこの不公平感を更に加速させてしまう状況になっているのではないか?

 選挙制度考察というシリーズを書こうと思った理由は、以下の私の仮定をデータで検証してみなければ自信をもって主張できないからだ。

【私の仮定】
 どの回でも自民党独自で獲得できた議席数は実はもっと少ないと考えられる。これが現行選挙制度の自公連立における弊害であり、これからも自民が公明を切れない理由であるといえる。

~次回へつづく~



追記 2017/1/13
選挙制度考察について、続きをエントリーしましたので、よろしかったら読んでみて下さい。
選挙制度考察2_自公連立(組織票)の弊害~第47回衆院選~



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Category: 選挙
Published on: Wed,  11 2017 00:00
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選挙制度考察 小選挙区比例代表並立制 自公連立 創価学会 組織票の弊害 日刊ゲンダイ

2 Comments

山田  

公明党

公明党は以前コメントしたように東京都議選と参院選に力を入れる政党です。

特に両者が重なる巳年は1~7月にかけて公明党が最も重点を置く年です
(1965、77、89、2001、13年が該当)。

国政の自公連立は1999年10月からですが、
地方政治では1977年4月の東京都を皮切りに各地で自公連立が実現していました。

美濃部知事時代の1973年都議選で自民党は都議会の過半数を取れなくなったのが原因でした。

1977年4月の都議会自公連立は同年7月10日(第11回参院選と同日)の都議選に向けての準備であり、
この連立は1979年4月の東京都知事選にて自公連立推薦の鈴木氏が初当選し自民の都政与党復帰実現(と同時に公明党が初の都政与党化も実現)になりました。

東京都以外で自公連立与党化は1977年12月、
自民党京都府議の重鎮だった元園部町(現・南丹市)長の野中広務府議(当時52歳)が蜷川知事打倒策に公明党・民社党との連立与党化を画策、
1978年4月の京都府知事選で自公民連立与党の林田知事・野中副知事体制が成立
(公明党が都道府県政与党になった全国初の知事選)、
全国の都道府県知事選や政令指定都市市長選
(当時の政令指定都市は札幌市・川崎市・横浜市・名古屋市・京都市・大阪市・神戸市・北九州市・福岡市。
当時の9政令指定都市は全て革新自治体だった。
名古屋市が革新自治体となったのは1973年4月と遅かったが。
9政令指定都市市長は政令指定都市が11市体制になった1989年まで全て自公連立与党市長となった)
で自公連立が共産首長や社会首長を倒す走りになりました。

野中氏はその後1982年12月の衆院旧京都2区補選で衆院初当選し、
1996年1月から官房長官→幹事長を歴任し「影の首相」と呼ばれ、
小渕政権(実態は小渕・野中・亀井の小野亀政権だった)で野中幹事長は国政の自自公連立を実現した後の2003年11月に政界引退。



2017/01/11 (Wed) 01:16 | EDIT | REPLY |   

B4  

Re: 公明党

山田さん、コメントありがとうございます。

公明党も色々模索しながら、自民党との連立に落ち着いたのですよね。その為に捨ててしまったものと壊したものが、日本を良い方向に導いたのかどうか・・・、公明党支持者の方には、過去と現在を振り返って考えてみて欲しいです。現状を納得しているのなら何も言うことはありませんが、もしそうでないのなら自分の良心に従って行動されることを期待しています。

2017/01/12 (Thu) 00:21 | REPLY |   

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