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51%の真実

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柏崎刈羽原発の免震棟が性能不足(+2件)&東芝「夢の原発」失墜

(1)「柏崎刈羽原発、免震棟が性能不足か 東電14年に把握」(日経新聞 2017/2/15)
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 東京電力は14日、原子力規制委員会の会合で、柏崎刈羽原子力発電所6、7号機(新潟県)の事故対応拠点である免震重要棟が、新規制基準で求められる性能を大幅に欠くことを明らかにした。これまで想定される地震の揺れの一部には耐震性不足だとしていたが、どの揺れに対しても不足だと説明を変えた。2014年に判明したが、社内連絡が悪く報告が遅れたという。<中略>
 免震重要棟は、07年に新潟県で起きた中越沖地震を受けて09年に初めて柏崎刈羽原発に設けられた施設。免震装置で地震による揺れを吸収して損傷を防ぎ、原発事故のときの対応拠点となることを想定している。その後、福島第1原発にも建設され、11年の事故の際に機能を果たした。
 東電によると、柏崎刈羽原発の再稼働に向けて安全審査を申請した13年に設備の耐震性を試算。敷地内で想定する最大級の地震の揺れ「基準地震動」の7種類のパターンのうち5つで、十分に揺れを吸収できないことがわかった。
 その後、14年に別の条件で試算し、7パターンすべてで不十分であることが判明したが、規制委に報告しなかった。試算を担当した部門と設備の安全審査の間で情報が共有されず、報告が遅れたという。<後略>
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(2)「原発40基、詳細点検せず=配管腐食、再稼働の川内・伊方も-電力各社」(時事通信 2017/114)
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 運転中や運転可能な全国の商用原発42基のうち40基で、重要設備である中央制御室の空調換気配管の詳細な点検が行われていなかったことが14日、原発を保有する電力9社と日本原子力発電への取材で分かった。中国電力島根原発2号機(松江市)の換気配管では腐食による穴が多数見つかっており、事故が起きた場合に機能を維持できない恐れがある。<後略>
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(3)「川内原発で避難訓練 避難経路巡り新たな問題も」(テレ朝news 2017/1/29)
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 再稼働した鹿児島県の川内原発が事故を起こした想定で28日、約4200人が参加して避難訓練が行われました。川内原発の避難経路は南と東に延びる県道43号です。これまでにも避難経路が1本しかないことが問題視されていましたが、今回、ANNの取材で新たな問題が浮かび上がってきました。
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●これら3つの記事を読んで感じるのは、電力会社や原発の再稼働に積極的な人たちが原発事故発生確率を低いと考え、如何に事故発生時の対策を真剣に実施することを軽んじているかが良くわかるということだ。

●あの福一原発事故で、万が一にも原発事故は起こしてはならないものだということを、日本国民は身を持って経験したはずなのに、たった数年でもう気にしても仕方が無いというような雰囲気に飲まれてしまっている。

●(3)の川内原発ニュースでは、主要な避難経路が海沿いの一本道で通行止めなることが想定されていないことに関して、万が一通れない場合は、代わりに林道を使うと説明しているが、その林道は過去に崩れた箇所の補修もされていない。地震による道路陥没や家屋倒壊でも避難できる現実に即した計画を歌う三反園知事には、選挙公約を直ぐに投げ出すようにこの発言もなかったことにするようなことだけはしないようにお願いしたい。


(4)「東芝「夢の原発」失墜 揺らぐ国策民営」(日経新聞 2017/2/15)
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 東芝が米国の原子力発電事業で7000億円を超す巨額損失を計上する。東芝が追い続けてきた「夢のエネルギー」はどこでつまずいたのか。原発プラント事業の歩みをたどると、企業では手に負えないリスクの膨張と、姿を変えた競争の現実が見えてくる。<中略>
 今、東芝を揺さぶる巨額損失は、原発推進を支えてきた国策民営の揺らぎと無関係ではない。
 転機は2006年の東芝によるウエスチングハウス買収だ。<中略>
 決定打になったのは11年の福島第1原発の事故だ。日本では新設はもちろん、稼働中の原発もすべて止まった。ドイツは原発全廃へかじを切り、各国で強化された安全規制は事業者に新たな負担を強いた。WHの巨額損失の背景にも米国の規制強化があるとされる。<中略>
■リスク、企業だけでは負いきれない
 ただし、事故が起きれば、甚大な被害が発生し、企業の存続は危うくなる。福島の事故が突きつけたのは、エネルギー政策上、原発という選択肢を捨てるわけにはいかないが、一企業が背負うには大きすぎるリスクだ。
 原発をどう維持していくのか。東電HDは他社と連携する方針を打ち出した。電力業界では再編の胎動が始まっている。プラントメーカーも例外ではいられない。<中略>
 関電は15年3月、美浜1号の廃炉を決めた。同じ年、WHは米国の原発建設のパートナーであるエンジニアリング会社、CB&Iストーン・アンド・ウェブスターを買収した。その損失の底なし沼が東芝を引きずり込む。東芝の綱川智社長は14日の会見で「買収時に認識していなかったコストが判明し、買収でできると思っていた作業の効率化が進まなかった」と語った。日本の原発時代の扉を開けたWH製原子炉の引退と、WHに賭けた東芝の誤算。2つが重なったのは偶然だろうか。
 一企業が負えないリスクをどう乗り越え、国際競争に挑むのか。国と電力会社、そしてメーカーが役割を見直す時だ。(編集委員 松尾博文)[日経産業新聞 2月15日付]
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●昨年から最近までの関連記事を読んで、東芝を消滅の危機に追いやったのは、東芝自身の自業自得(経営幹部の判断が一番大きいが、東芝の体質もあるのでは?)だと思うが、原発産業が国策として推進されてきたことも一因だと感じる。

●そしてこれは決して東芝という一企業の問題として片づけられるものではなく、今の日本を象徴する事例として捉えなければならないと思っている。東芝で起こった出来事がそのまま将来の日本の縮図にならないように、今の日本の状況を顧みる他山の石にしなければならないと感じる。



追記 2017/2/16 23:15
(5)「
福島第一原発2号機ロボット到達できず」(日テレNEWS24 2017/2/16)
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 東京電力は、16日朝から、メルトダウンした福島第一原発2号機の圧力容器真下に初めて、調査ロボットを投入していたが、目的の場所に到達できなかったことが分かった。
 東京電力によると、調査ロボットの「サソリ」は16日朝、福島第一原発2号機の格納容器内部に投入された。しかし、堆積物が障害となったほか、放射線の影響で動きが低下し、目的としていた圧力容器の真下には到達できなかった。このため調査を中断し、ロボットのケーブルを切断して回収しないまま、格納容器内部に残したという。<後略>
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●やはり原子炉内の放射線量が高すぎることが、今回の失敗の主因(?)(注1)であり、廃炉作業の困難さが浮き彫りになったと感じる。ただ、ロボットの”TOSHIBA”のロゴには、何とも言えない切なさを覚えてしまう・・・

(注1)駆動部のキャタピラに燃料デブリの堆積物が入り込んで、ロボットが動けなくなったことで回収を諦めたと報道(めざましTV)してましたね。(追記 2017/2/17)



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Category - ニューストピックス

柏崎刈羽原発 免震棟性能不足 原発40基 配管腐食 川内原発 避難経路 東芝失墜 夢の原発 国策民営

4 Comments

山田  

東芝は福島原発事故で経営が行き詰まった。鹿児島県は何故、県議会を解散しないのか?

東芝といえば、⑤CBCテレビで日曜夜9時の東芝日曜劇場を思い出します。太陽をバックに光る光る東芝~。
日曜劇場は1956年12月2日に放送開始、2016年12月に放送開始60周年を迎えました。
1956年12月はテレビがNHKですら関東3ch(東京愛宕山、後の1ch)・近畿4ch(大阪生駒山、後の2ch)・名古屋3ch(栄テレビ塔)の3大都市圏限定だった時代であり、
東芝日曜劇場の放送開始当初のネット局は
⑤中部日本放送(現・⑤CBCテレビ。中部日本放送ホールディングス傘下)、
⑥大阪テレビ放送(現・⑥ABCテレビ。朝日放送)、
⑥ラジオ東京テレビ(現・⑥TBSテレビ。東京放送ホールディングス傘下)
の3局だけでした(当時の民放テレビ局は他に④日テレのみ)。
日曜劇場は関西地区では1976年3月25日まで⑥ABCテレビでしたが、系列トレードに伴い同年4月1日から④MBSテレビ(毎日放送)へ鞍替えしています。

その東芝は日曜劇場を放送開始した頃、原子力推進論者で京成電鉄や読売グループ(日テレを含む)etcを経営した富山県出身の正力松太郎氏(1885~1969)とともに原子炉開発に取り組み、
米GEとともに沸騰式原子炉の開発を開始、
1963年に稼働した茨城県東海原発で最初に実用化しました。

東芝製の沸騰式原子炉は国内では東日本に多く造られたことから東日本型という別名があり、
東北電・東電・中電・陸電・日本原電・中国電が保有する原発は全て東芝製の沸騰式原子炉です。

2011年3月11日、東日本大震災・福島原発事故で東芝は経営が落ち目になり、その後の6年間で経営が行き詰まったと感じます。

対を成すのは三菱重工が開発した加圧式原子炉(俗に西日本型)で、
北電・関電・四電・九電が保有する原発は全て三菱重工製の加圧式原子炉です。

鹿児島県薩摩川内市は東シナ海に面するが、市街地は海から10km内陸に位置し、一級河川の川内川流域にあります。
「九州の大動脈」国道3号(福岡県北九州市~福岡市~熊本県熊本市~鹿児島県鹿児島市)も九州新幹線も薩摩川内市域は内陸の薩摩川内市街地を通る。
九州道に至ってはかなり東の宮崎県えびの市を経由する。

川内原発の前を通る唯一の幹線道路が鹿児島県道43号です。この県道はこれまで鹿児島県西部を縦断する国道270号(薩摩川内市~枕崎市)への編入計画が何度か議論されたが、国道昇格は実現していません。
三反園知事は原発再稼働を見送るべきでした。思えば鹿児島県議会を解散してもよかったと思います。
区市町村議会の解散は珍しくないが、
都道府県議会の解散は1947年4月施行の地方選挙公選制導入後は
東京都議会(1965年5月)と茨城県議会(66年11月)の2例しかありません。

都道府県議会選挙は東京都、茨城県と1972年5月に本国復帰した沖縄県を除き統一地方選挙で行われるのは議会解散がないからです。

例外は、2011年4月に予定されていた岩手県知事・県議選、宮城県議選、福島県議選は東日本大震災の影響で同年秋にずれたためこの3県議選は11年、15年ともに統一地方選挙から外れました。
兵庫県議選・神戸市議選は1995年は阪神淡路大震災の影響で統一地方選挙から外れた同年6月に行われましたが、99年からは8年ぶりに4月へ戻りました

2017/02/17 (Fri) 02:05 | EDIT | REPLY |   

B4  

Re: 東芝は福島原発事故で経営が行き詰まった。鹿児島県は何故、県議会を解散しないのか?

山田さん。コメントありがとうございます。

東芝は東証2部降格なのか? その前に上場維持できるのか? さらにその前にどんな会社として生きるのか?
取りあえずは3/14までに発表されるであろう3Qの仕切り直し決算報告に注目ですね。

鹿児島県の三反園知事や鳥越氏を見ていると、やっぱり知名度が高くて報道で政治にかかわっていたからと言っても、政治経験の積み上げが無い人を選ぶのは慎重にならざるを得ないですね。
ただ昨年の鹿児島県知事選は、政治経験豊富でも政策がまったく異なる候補者との2択では、素人に賭けて見るしかなかったのだろうと思いますが・・・

2017/02/17 (Fri) 06:35 | REPLY |   

山田  

正力氏とともにBWR沸騰式原子炉に命を懸けた東芝

ありがとうございます。

東芝は我が東海地区では三重県四日市市に半導体工場がありますが、東芝最後の稼ぎ頭な半導体部門を他社へ譲渡は残念です。

東芝は原子炉発電事業を国策とした正力松太郎衆院議員(1885~1969。富山県出身)らとともに1957年からBWR沸騰式原子炉(東日本型原子炉)を開発したが、
当時は東芝も正力氏もBWRがチェルノブイリや福島のような原発事故を予測できなかっただろうと思います。

東芝はBWR開発から50年目を迎えた2006年に同じBWR開発のWHを買収したのも。

東芝は東日本大震災直前の2010年時点でもBWRの輸出は東芝の世界躍進に欠かせないという方針だったようです。

東日本大震災後、東芝は東電同様に福島県へ多額な補償金を払っていると思われます。
福島原発事故を理由に自殺した福島県民も浜通り地方(特に相双地域)や中通り地方(特に県北・県央地域)に多く、
遺族は東電に損害賠償を請求、東芝も東電同様に損害賠償金を支払ってそうです。


相双地域とは浜通りのうち夜の森以北であり、相馬と双葉の合成。相馬市や相馬郡新地町は北隣の宮城県との結び付きが強い。
県北地域とは中通り北部(県庁所在地の福島市とその周辺)、
県央地域とは中通り中部(福島県最大都市であり東北で2番目に人口が多い郡山市とその周辺)。

福島原発事故は東芝も事実上破綻したと言ってもいいくらいです。

東芝といえば、
日曜夜は⑤CBCテレビで東芝日曜劇場→日曜劇場だけでなく、
日曜夕方は①東海テレビでサザエさんを観ていたのも思い出しました。
日曜劇場は昨日述べたように1956年12月3日から60年以上続く老舗番組ですが、
サザエさんは1969年4月6日に放送が開始され今年で48年を迎えます。

サザエさん放送開始時点で
⑧カンテレ(1957年11月22日開局。大阪生駒山8ch)、
①東海テレビ(1958年12月25日開局。名古屋栄テレビ塔1ch)、
⑧フジテレビ(1959年3月1日開局。東京タワー8ch)
が開局してから10年以上が経っていましたが、
日曜夕方の顔として半世紀続いています。

1969年3月31日まで8大都市圏※以外は民放テレビが1局しかなかったが、
第2次佐藤政権下でUHF帯を利用した全国民放テレビ2波化計画が出され、
当時はフジテレビ系列局が
上記の3大都市圏3局と
福岡県(テレビ西日本9ch。1958年8月28日開局)と
宮城県(仙台放送12ch。1963年4月1日開局)の
計5局しかなかったのが、
その国策に基づいて1969年4月1日~72年2月1日に16ものフジ系列新局が開局し21局になりました。
ただし、新しい系列局はこの局だけのためにUHFアンテナが必要だったため視聴率は苦しかった
(同じく1970年前後に開局した日テレ系の中京テレビやFBS福岡放送etc、NET→テレ朝系のHTB北海道テレビ放送やKSB瀬戸内海放送etcもこれが原因で黎明期は苦労した)。


8大都市圏とは
関東圏1都6県、
近畿圏(関西2府4県)、
中京圏(東海3県)、
福岡県、
北海道、
岡高圏(岡山県&香川県。岡高の高は高松市)、
広島県、
宮城県。

2017/02/17 (Fri) 21:47 | EDIT | REPLY |   

B4  

Re: 正力氏とともにBWR沸騰式原子炉に命を懸けた東芝

山田さん、コメントありがとうございます。

東芝はこのままでは半導体部門を100%手放すしかなくなりそうですね。まあ半導体は市況が悪くなると大きな赤字になったり、継続して多額の投資をしなければ技術的優位性を維持できないので、どう考えても(まじめに働いている社員の為にも?)今の東芝では他社に売却するのが一番良い選択肢かもしれません。ただ、本当にこれから何を柱として東芝は生きていくのか見えないですね・・・

私はテレビ番組の全録画に、東芝製のレグザサーバーを利用しているので、これから先に新しい機種が継続して発売されるのかとても心配です。(これだけを心配していると言っても良いかも?)
まあ、船井が遺伝子を引き継いでくれることに期待したいです。

2017/02/18 (Sat) 00:08 | REPLY |   

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