51%の真実

日本がアブナイ!

テレビは社会の木鐸なのか?

※この記事は、「日本がアブナイ!」さんに 2016/6/6と6/12に投稿したコメントを基に再編集し、一部削除と加筆をしました。

 2016/6/11の「日本がアブナイ!」さんのエントリー「舛添や海老蔵より甘利と参院選でしょ~。メディアの使命を再確認して欲しい」に書かれている「メディアというのは、権力を監視するために「表現の自由」「報道、取材の自由」が認められている」には、激しく同意である。大きく扱われるべきニュースは他にもたくさんある。ワイドショーだけならまだしもニュース番組でまで、芸能ニュースを社会状況を左右するニュースより優先して報道する必要性があるのか? マスコミは「権力を監視する」立場であるとともに、人の人生を変えてしまう力を持った「権力者」でもあるのだということを肝に銘じて欲しい。

 「6/5の川崎市での「川崎発!日本浄化デモ」が、中止を求めて集まった数百人の人々に中止に追い込まれた」というニュースについて、6/6に「これまでの経緯など詳細が判らない為、単純に結論付けるわけにはいかないが、ヘイトスピーチ反対派の行動も「言論の自由」に照らし合わせて、行き過ぎたところが無いのかという目で見てみる必要はある」と懸念のコメントをした。
 これに関して、TBSの報道特集で5/14と6/11に取り上げており(注1)、録画が残っていた6/11の特集を見てみた。結果として、確かにすべての人に「表現の自由」は認められるべきであるとは思うが、今回のヘイトスピーチ反対派の行動を、単純に「行き過ぎた行為」と非難はできないと感じた。やはり「表現の自由」というものは、最後は「1人1人の良心」によって支えられている、「法律は100%ではない」、「平等・公平ってなんて難しいことなのだろう」と思う。

(1)「ヘイトスピーチと共生のあり方 (2016/5/14 放送)」~対策法成立へ ヘイトスピーチの標的にされた街~
(2)「ヘイトスピーチ対策法で変わったもの (2016/6/11 放送)」~ヘイトスピーチ対策法で何が変わったか~

 これはテレビの報道姿勢にも言えることで、「報道の公平性とは何だろう?」と考えさせられる。2014年末の衆院選で、自民党が「選挙報道は公平に」とテレビ局に要望したことにより、テレビ局は極度に公平性に囚われ、政権に忖度(そんたく)し、選挙報道時間が激減するというばかげた状況に陥ってしまっている。報道に携わる人たちには、いま一度「どちらが報じられる価値があるのか」「報道の自由とは何か」をよく考え、自分の良心に問いかけてみて欲しいと願っている。

p.s. 
 不倫がバレた時の対応に関しては「傾向と対策」が出来上がった感じですね。ベッキーの時は「初期の謝罪対応のミス」と「LINEのやり取りが表に出てしまった(これって無関係の第三者にまで公開して良かったのか、文春さん?)」ことが印象を最悪にしてしまいましたね。ともかく当事者以外が口を出すべき問題ではないと感じます。

Commented by B4 at 2016-06-06 23:09 & 2016-06-12 08:15

(注1)コメント時はdailymotionにアップロードされている5/14分の動画をリンクし、6/11分は検索するように記載していました。




改訂 2016/9/3
過剰なハイライト(色つけと太字)を外して読み易くしたつもりです。

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